[東京 29日] - メディア等の扱いは決して大きくなかったが、欧州中央銀行(ECB)が6月18日に公表したターゲット型長期流動性供給オペ第3弾(以下TLTRO3)の第4回入札の結果は衝撃的なものだった。
その結果は1兆3084億ユーロと、オペ1回の資金供給額としては史上最大であった。ちなみに、「ドラギバズーカ」というフレーズを生む契機になり、就任直後のドラギ前ECB総裁の名声を一気に高めたことで知られる36カ月物長期流動性供給オペ(LTRO)は2011年12月22日(4892億ユーロ)と12年3月1日(5295億ユーロ)の合計で1兆0187億ユーロだった。
<TLTRO3という「真のバズーカ」>
今回の供給額は入札1回で、36カ月物LTROの2回分を凌駕(りょうが)する規模になる。ちなみにTLTROは今回で第3弾だが、第1弾は入札8回で計4320億ユーロ、第2弾は入札4回で計7400億ユーロだったことを思えば、今回の規模がいかに規格外か分かる。
ドラギバズーカと称された36カ月LTROは、約半分がリーマンショック直後に発行された期間を3年とする金融債の償還に充てられたと言われており、この資金供給がなければ欧州の金融システムは大変な混乱に陥っていたとみられている。今回のTLTRO3も借り換え部分が概ね半分を占めるが、それは市場からの調達資金ではなく「ECBから借りていた資金の借り換え」である。
具体的に見ると、まずTLTRO2(第2―4回入札)の早期返済分で2140億ユーロ、満期を迎えるTLTRO2の第1回分で1604億ユーロが6月24日に返済。TLTRO2の早期返済分が膨らんだのは「TLTRO3で借り換えた方が得だから」であろう。さらに、危機対応の一環として3月18日から6月10日まで毎週打ち出されていたつなぎ融資13回分(満期は全て6月24日)で3888億ユーロを返済する必要がある。
しかし、これらを差し引いたネットベースでも5415億ユーロの資金供給が実施される。後述するが、この金額は3月以降、ECBが進めてきた資産購入の総額よりも大きい。バランスシート拡大への貢献だけを考えれば、「TLTRO3こそが真のバズーカだった」ということもできる。
<「必ずお金がもらえる」という仕組み>
TLTRO3の利用条件は破格である。これ自体はドラギ前総裁時代に導入された枠組みだが、利用条件は徐々に緩和されてきた経緯があり、2020年4月30日の政策理事会で基準金利が「主要リファイナンスオペ金利(ゼロ%)+マイナス50ベーシスポイント(bps)」に設定され、貸出基準を達成した場合は最大で「預金ファシリティ金利(当時はマイナス0.50%)+マイナス50bps」の優遇金利が適用されるという制度設計になった。すなわち、貸出実績を積まなくても供給額の50bps分が金融機関の懐に入る。こうした「必ずお金がもらえる仕組み」は実質的には政策金利と同じくらいの存在感を放っているようにも思える。
なお、資金供給に伴うマイナス金利の幅は相応に報じられているが、実は優遇金利を与えるための貸出実績の判定も緩くされた経緯がある。3月12日時点では貸出実績について「2020年4月1日から21年3月31日の増加率がゼロ%以上」と今後1年間の動きに応じて優遇幅が決まるとされていた。だが、4月30日には「2020年3月1日から3月31日の増加率がゼロ%以上」に変更されている。つまり、「悲観の極み」であった今年3月中に貸出を増加させた銀行を優遇するという設計に変わったのである。今回はこの条件緩和後、初の入札であったわけだが、ECBの思惑は相当程度、奏功したように見える。
<驚異的な資金供給規模>
上述した通り、今回、TLTRO3が供給した額はネットで5400億ユーロを超える。市場参加者やメディアの注目は資産購入の規模や中身に偏りがちだが、今回の供給規模は借り換え分を差し引いても3月以降のECBの資産購入総額よりも大きいというのは驚きである。
資産購入の実績に目をやると、目玉であるパンデミック緊急購入プログラム(PEPP、3月18日に導入)は6月12日時点で約2870億ユーロの購入実績がある。これに加え、元々存在した拡大資産購入プログラム(APP)が同期間に約1300億ユーロ購入されている。現状、ECBの金融緩和の2本柱とも考えられている2つの資産購入プログラムの実績が合計して約4170億ユーロということになり、今回のTLTRO3のネット供給額と比べても1000億ユーロ以上も小さい。
筆者は金融緩和策についてバズーカという形容を付けることはあまり好きではないが、単純に「量(金額)」の次元で議論するならば、バズーカは市場で頻繁に注目されがちなPEPPやAPPではなく、TLTRO3である。
<「表と影」 政策金利の二重構造>
今回の結果から考えさせられるのは「政策金利とは何か」ということだ。ECBの政策金利である主要リファイナンスオペ金利(ゼロ%)や預金ファシリティ金利(マイナス0.50%)は今や各種資金供給の適用金利を設定する際の基準に成り下がっている。もちろん、基準であることは非常に重要なことだ。しかし、ECBの議論の中での「政策金利をどう修正して資金供給するか」が小さくない部分を占め始めているように感じる。既に見たように、TLTRO3には最大で政策金利と同じ幅の優遇金利が付けられており、これ以上の優遇をするには政策金利よりも大きな幅を付けることになる。それが悪いという話にはならないが、政策金利が当該通貨圏における「基準」金利であることを思えば、体裁上、違和感は残る。
ちなみに4月30日の政策理事会では短期金融市場の安心感を醸成するための資金供給策としてパンデミック緊急長期資金供給オペ(PELTRO)もラインナップに加えられた。これは8カ月から16カ月という、TLTRO3に比べれば短い資金を供給するスキームであり、適用金利は「主要リファイナンスオペ金利(ゼロ%)+マイナス25bps」と優遇幅はTLTRO3よりも劣後するが、やはり「必ずお金がもらえる仕組み」になっている。このPELTROは貸出実績を問う枠組みではない。
これらの仕組みは欧州系銀行のリスク許容度を改善し、金融仲介機能が円滑に働くことの一助になると期待される。それは結果的に、域内企業の資金繰りを支援することにもなるし、当然、金利減免(お金がもらえること)はマイナス金利の副作用緩和にもなろう。なお、貸出実績を達成することにこだわらないのであれば、マイナス金利で仕入れた資金で債券投資をすればキャリー取引も奏功するかもしれない。過去をひも解けば、中銀資金を使ったこの種の取引は批判にさらされてきたのだが(その批判に応えて登場したのがほかならぬ貸出実績を重視するTLTROである)、現状では黙認される可能性が高いだろう。
今後も政策理事会の度に、マイナス金利の深掘り可否は引き続き話題となるだろう。しかし、そうした「表向きの政策金利」とは別に、「資金供給の適用金利」にどのような創意工夫を施すのかという着眼点も重要になるように思われる。それはさながら「表向きの政策金利」に対して「影の政策金利」のような印象を与え、実質的にはマイナス金利の深掘りが(副作用を伴わないかたちで)行われているように感じさせる。今後のECBウォッチの世界で持っておきたい視座である。
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。
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編集:橋本浩
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June 29, 2020 at 06:43AM
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コラム:ECBバズーカ砲、「影の政策金利」で威力絶大に=唐鎌大輔氏 - ロイター (Reuters Japan)
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