[29日 ロイター] - コロナショックへの対応として、多くの国や地域が巨額の財政出動を講じており、日本政府も2020年度補正予算を2度にわたって編成した。国際通貨基金(IMF)のデータによれば、日本の公的債務残高(グロス)の対名目GDP(国内総生産)比率は2020年末の段階で251%となる見通しで、さらなる拡大も見込まれる。
これは、スーダン(約295%)に次いで高く、3番手のギリシャ(200%)とも大きな開きがある。このため、かねてより円の信認低下や円急落リスクを指摘する声は根強いが、これまでそうした動きはみられていない。
本稿では、高い債務残高が円売りに波及してこなかった背景や、その要因と今後の注目点を整理する。
<日本売りが生じない背景>
日本の財政悪化をテーマに投機筋が円売りを仕掛けても、いずれ反対売買(円の買い戻し)が必要となる。このため、投機的な円売りは短期間で収束しがちだ。その点、大幅な円安が進むのは、日本国債を為替ヘッジなしで保有する海外勢が、償還リスクを嫌気して手放すときだ。
つまり、円の急落は国債相場の急落(=長期金利の急上昇)と同時並行的に起こるはずだ。実際、2010年以降のギリシャ危機の場面でも、南欧諸国の長期金利の急上昇とともにユーロ安が進んだ。こう考えると、これまでに円安が起きていないことと長期金利が急上昇してこなかったことは概ね等しい。
長期金利は、予想経済成長率、予想物価上昇率(インフレ期待)、リスクプレミアム(不確実性に対する対価)の合計だ。従って、日本の低成長と低インフレが見込まれるにしても、リスクプレミアムが跳ね上がれば長期金利は上昇するはずだ。
しかし、長期金利の上昇が抑制されてきた背景や要因は、既に多くの先行研究によって明らかにされている。具体的には、経常黒字、財政健全化への期待、国内バイアス、そして日銀の国債買い入れだ。
以下、順に概観しておこう。
<経常黒字は当面続く>
経常黒字は、日本の貯蓄超過を意味する。政府部門の債務を民間部門の貯蓄が上回っている為、政府債務は究極的には国内資金だけで賄うことが可能だ。これが、政府債務のファイナンスを海外勢にも依存する経常赤字国との決定的な違いである。
実際、2010年当時、ギリシャ国債の保有者のうち、海外勢が7割以上も占めていたのに対し、2020年3月末における日本国債の海外勢による保有比率は12.9%と低い。もちろん、日本では高齢化の進展とともに貯蓄が取り崩されていくため、経常黒字が縮小し、海外勢への依存度も高まっていく。しかし、昨年実績で約20兆円もあった経常黒字が5年─10年といったスパンでみて赤字へ転落する可能性は低いだろう。
<財政健全化期待をつなぎ止められるか>
次に、財政健全化が期待されているのは、日本にその余力があるからだ。例えば、対GDP比でみた日本政府の社会保障支出は日本を除いた経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均よりも高い一方、租税と社会保障を合わせた国民の負担は低い。両者ともOECD平均並みに見直せば、年間数十兆円規模の財政健全化を見込める計算だ。
現在、日本に対してムーディーズ・インベスターズ・サービスとS&Pグローバル・レーティングスがシングルAの最上位、フィッチ・レーティングスがシングルAの中位の格付けを付与しており、トリプルBまでは2─3段階ののりしろを残す。ただ、OECD加盟国の格付けと対外債務(グロス)の関係に照らせば、日本は本来ならトリプルBでも不思議ではなく、この財政健全化期待が、シングルA格の維持に大きく貢献しているとみられる。
<和らいだ国内バイアス>
国内バイアスは、日本の投資家が情報の非対称性や為替リスクなどを嫌い、国内債券を選好する傾向が強いことを指す。しかし、異次元緩和直前の2013年3月末時点で70%であった預金取扱機関(銀行)、生保・企業年金、公的年金、家計を合わせた国内勢の国債保有比率(国庫短期証券、財投債を含む合計)は、2020年3月末に40%まで低下しており、国内バイアスはかなり弱まった。
その一方、同時期の日銀の国債保有比率は13.2%から44.2%まで上昇しており、国内勢の保有比率の低下分をほぼ補った格好だ。超低金利が続く限り、国内勢の国債保有比率はさらに低下する可能性もあるが、日銀の大規模な国債買い入れが続く限り、国債市場の需給は崩れそうにもない。債券市場の日銀依存度は高まるばかりだ。
<今後の注目すべきイベントは>
以上を踏まえると今後5年程度の間、次の4点に注目する。
第1に新政権の経済政策の運営方針だ。自民党総裁選で4選とならない限り、安倍晋三政権は最長でも2021年9月で終わる。日銀の異次元緩和は、大胆な金融緩和を突破口にデフレ脱却を狙った安倍政権の影響を強く受けた。仮に、新政権が金融緩和への過度な依存を改める場合、日銀の政策スタンスも変化するかも知れない。
第2に、その日銀の総裁交代だ。2期続投となった黒田東彦総裁も2023年4月に任期を迎える。2013年1月に日銀は政府とともにデフレ脱却の為の共同声明を公表しており、総裁が誰であれ、日銀が政府の意に反することはないはずだ。それでも、慣例に従えば次の総裁は日銀出身者となる可能性がある。日本のGDPを上回る総資産規模と国債保有残高を前に、従来同様の国債買い入れ路線を継続するのか現時点ではわからない。
第3は、毎年の金融機関の決算だ。異例の低金利による金融システムへのダメージは、時間の経過とともに蓄積されていくことを日銀自身も認めている。コロナショックを受けた景気低迷も重なり、業績悪化の兆候がより顕在化した場合、金融システムの安定性を維持する観点から、国債買い入れが修正を迫られる可能性はゼロではない。
最後は、プライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化目標の行方と、それを踏まえた格付け機関の動向だ。足元の状況を踏まえると、2025年度末の黒字化目標の先送りは必至だ。過去、何度も目標を先送りしてきただけに、さらなる先送りによって、日本政府の財政健全化に対する意志に疑念を抱かれる可能性が低くない。
そうなればトリプルBへの格下げも絵空事ではなくなってくるだろう。銀行を対象とした金融規制を手掛けるバーゼル銀行監督委員会の最低所要自己資本比率規制では、国際統一基準行が自己資本比率を算出する際、外国政府発行債券に用いるリスク掛け目はシングルAなら20%だが、トリプルBでは50%が適用される(標準的手法)。日本の格付けがトリプルBとなれば、リスクに見合うだけの高い利回りが当然にして求められるはずだ。
以上を踏まえると、日本の経常黒字が維持される限り、日本売りに伴う長期金利の上昇や円安は、まだ発生確率の低いリスクシナリオと整理することができる。仮に、長期金利が上昇しても、国内投資家のホームバイアスが再び高まると考えられる。
とはいえ、コロナ禍が長期化するほど、経常黒字の維持も含め、先行きの不確実性は高まる。結局、今後とも予断を持たずに、状況を注視する姿勢が求められよう。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。一貫して外国為替業務に携わり、2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から19年まで個人ランキング1位。
(編集:田巻一彦)
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June 29, 2020 at 03:24PM
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