リーマン・ショックとの比較に見る「コロナ・ショック」の特徴
経営資源には、「ヒト」「モノ」「カネ」の3要素がある。そのうち、「カネ」の動きに突如大きな影響が生じたのが、2008年の米国大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻に端を発する世界金融危機、いわゆる「リーマン・ショック」だった。金融機関が相次いで資本の流動性を失ったことで、一部で破綻も招いた。対して、「ヒト」「モノ」の動きに突如として大きな影響が生じたのが、2020年2月以降の新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的な感染拡大からなる混乱、「コロナ・ショック」だ。ただし、2008年の世界金融危機を経て、国際的な金融施策の枠組み「バーゼルIII」などの取りまとめが進められた。これによって流動性規制が強化され、各金融機関の資金が容易にショートしないような対策が取られていた。そのため今回は、「カネ」の動きについての影響は限定的だった。現状、大きな銀行の破綻につながっていないことがその証左といえよう。
しかし、3カ月ほど前から、直接金融市場(クレジット市場:コマーシャルペーパーや社債など、民間企業が直接資金調達などを行う市場)の一部が航空業界などを中心に崩れてきた。慌てた各国政府は、コマーシャルペーパーや社債を買い取るかたちで直接金融市場にダイレクトに介入。金融機関を経由することなく資金流動性を確保した。「コロナ・ショック」を受けても世界的に株価の上昇が見られたのは、こうした政府による措置によって、破綻を回避した企業のクレジット(信用力)が上がったことと関係している。「リーマン・ショック」当時は、政府が事態収束のために金融界にマネーをばらまいたことが「ヘリコプター・マネー」とやゆされたのに対して、今回の介入措置は「ヘリコプター・クレジット」と呼ばれている。
今後はそのような金融政策に代わり、各国政府が財政政策によって実体経済の回復を図る流れが見えてきた。各国は3月以降矢継ぎ早に、新型コロナ対策として各種制限措置を導入・実施してきた。今後注目すべきポイントは、(1) その解除や、財・サービスの購買を増やすための補助金の拠出といった各種財政政策の実施をいかにスムーズに進められるか、(2) どういった分野に投資・財政出動を図っていくのか、だ。
ロックダウン戦略からピークアウト戦略に移行、「ウィズ・コロナ」の時代へ
各国政府による感染拡大への対応策としては、大別して2つの戦略が取られてきた。
1つは「ロックダウン(封じ込め)戦略」。都市封鎖ともいわれるように、行政が大幅な移動・行動の制限を課す。ヒトとヒトとの接触を最小限に抑えることで感染拡大を防ぐ戦略だ。中国・武漢をはじめ、韓国、台湾、ニュージーランド、モロッコ、中東湾岸諸国などがその代表といえる。国家の統制力が強い政治体制か、半島・島国という地理的な条件を有している国・地域が採用して効果を発揮した。一方で、欧州や米国は、広範に地続きであることや政治体制の面でも、ヒトの出入りの制御や封じ込めを行うことが難しい環境にあった。
もう1つの対応策が「ピークアウト戦略」だ。持病のある者や高齢者など健康面のリスクの高いグループには家にとどまってもらう。一方で健常な者には通常の生活を送ってもらうことで、「集団免疫」の獲得を目指すものだ。明示的に実施してきたのはスウェーデンだ。経済への影響を抑えられた一方で、周辺国に比べて多くの犠牲が伴った。このため、国内外からの批判も買った。新型コロナ感染による死者数は、北欧近隣国で数百人規模なのに対し、スウェーデンは5,000人超と突出している。
世界各国は現在、「ロックダウン」から「ピークアウト」に戦略を移行していく過程にある。ロックダウン戦略は感染拡大を抑え込める一方で、経済に及ぼす影響は甚大だ。その下支えのために政府が出動できる財政支出の規模は、先進国でGDPの約20%まで、それ以外では約10%までが限度とみる。ロックダウンの継続が可能な期間は、先進国で約3カ月、それ以外の国では1~2カ月程度と推計する。明示的に発表せずとも、各国はピークアウト戦略に移行せざるを得ないのだ。必然的に、新型コロナウイルスと共存することとなる。それが昨今言われている「ウィズ・コロナ」という状況だ。
欧州での「ESG」投資は中長期的に進展
今後、「ウィズ・コロナ」の世界における経済回復パスを考えるとき、欧州の投資トレンドを見ることが1つの切り口になる。昨今、ことに重視される標語が「ESG(環境・社会・企業統治)」だ。その背景として、世の中の仕組み・規則や、基準・標準のコントロールを握りたいという欧州の狙いも透けて見える。世界経済の趨勢(すうせい)を見ると、ソフトウエア(知的財産)では米国、ハードウエア(製造)ではアジアがそれぞれ大きな地位を握る。欧州は、その後塵(こうじん)を拝している。一方で、欧州はかねて、ビジネスの仕組みやルールを制定・先導することで利益を得る手法を取ってきた。国際会計基準のIFRSなどが代表的な成功事例だろう。その次なる活路として、ESGが注目されているというわけだ。
短期的には、ESGへの投資の動きはスローになっている。例えば、2020年11月に英国グラスゴーでの開催が予定されていたCOP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)は、コロナ禍によって1年延期となった。また、パリ協定で取り決められた二酸化炭素(CO2)排出量の削減目標が、国際的なヒト・モノの往来制限により図らずも進展している。ただし、中期的には、交通・エネルギーインフラの「グリーン化」が一層進むだろう。それは今般、フランス政府がエールフランスKLM航空を支援(2020年4月28日付ビジネス短信参照)する際に、鉄道で代替できる短路線を削減するなどの条件をつけたことなどにも象徴される。欧州委員会の「持続可能な金融に関する技術専門グループ(TEG)」は今年3月、「EUタクソノミー(分類)」の最終報告書を発表した。そこではEU域内における持続的な経済活動の定義を示し、事業活動が「グリーン」か「ブラウン」かに仕分けられるようになった。長期的には、欧州銀行監督機構(EBA)の金融機関監査がタクソノミー基準に従って運用されることとなる。そのため、欧州の決めたルールに従ってビジネスを実行せざるを得ない状況が次第にでき上がってきている(2020年6月4日付地域・分析レポート参照)。
欧州型のESGの動きが世界的に活発になることで、化石燃料を大規模に使用する事業は「ブラウンな活動」として、風当たりがますます強くなるだろう。資源輸出を通じた外貨獲得に依存する中東の産油国にとっては、一義的にはマイナスな方向といえる。
中国の投資方向性が国内へシフトする
もう1つの切り口として注目されるのが、中国政府による投資の方向性だ。すなわち、国内外の建設プロジェクトから国内のテクノロジー分野にシフトする動きがある。
今年5月に開催された全国人民代表大会では、毎年掲げられていた経済成長の目標値が発表されなかったことが話題となった(2020年6月1日付ビジネス短信参照)。中国では、リーマン・ショック後の経済回復のために地方政府ごとに成長ノルマを課していた。そのため、需要のない道路やマンションの建設など不要なインフラ投資が進み、不良債権の増大を招いたと指摘されてきた。
しかし、コロナ・ショック後の回復パスでは、その反省が生かされているようだ。今後の中国政府としての注力点、すなわち財政出動していく分野は「エレクトロニクス」と「自動車」になるだろう。世界の通信データ消費量はコロナ禍による需要で爆発的に上昇している。中国は当然、ここに集中投資してくるとみている。また中国のGDPの約10%を占める自動車産業については、2020年内に打ち切る予定だったEV(電気自動車)への補助金を2022年まで延長した。このほか(2020年4月30日付ビジネス短信参照)、省レベルでもEV購入補助金を導入するなど、既に実行策が打ち出されている。結果として、6月の中国の自動車生産台数は前年同月比で22%上昇した。これらの政策は他国も参考にしていくだろう。
その一方で、今後、中国による中東・アフリカ地域への建設投資は弱まっていくとみている。これまでは、「一帯一路」政策により、とりわけアフリカ諸国に対してインフラ整備などの投資が盛んに行われてきた。しかし、コロナ禍によってその半数以上のプロジェクトが遂行困難になっているとも言われている。「外需を作り出し、国内企業が参画することで内需につなげる」という戦略が難しくなってしまった。今後、中国は建設投資への過度な依存から脱却し、付加価値の高い製品の国内生産と輸出を増やしていく方向となるだろう。
湾岸諸国の行方―変貌するコモディティー・マーケットとドルペッグの功罪
GCC(湾岸協力会議)諸国は、米ドルとの通貨ペッグを保持する最後の地域だ(注)。ドルペッグがもたらす通貨の安定性は、GCC諸国に多くの投資を呼び込んできた大きな要素の1つだった。しかし、昨今、ペッグを維持するGCC諸国側の経済的合理性が薄れた。そのため、中長期的には解消される可能性も指摘できる。コロナ・ショックによる資源価格の下落と財政負担の増大がこうした大きな構造変化を早期にもたらすリスクをはらんでいる。
かつて米国は、サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国に原油輸入を大きく依存していた。石油のドル建て取引とドルペッグ制を維持する湾岸諸国には、双方に大きなメリットがあったことになる。しかし、シェール革命がその状況を変えた。米国が8割方のエネルギー資源を自国で賄えるようになったため、米国と湾岸諸国の双方にとって、通貨をドルによってリンクさせるインセンティブは大幅に減少した。地政学的な要因もあるため、短期的には維持されると考えられる。だとしても、長期的にはドルペッグ制が崩れる可能性も指摘される。オマーンやバーレーンの財政状況は、情勢を占うカギの1つだ。他のGCC諸国と比べ、両国は原油の可採年数が短い。そのため、対外債務が増大する傾向にある。いざとなれば、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)がこれらの国を支援しなければならず、その負担がどれほどのものになるかがポイントとなるだろう。
ドルペッグ制が崩壊した場合の情勢を占うには、アジア通貨危機(1997年)の顛末(てんまつ)が事例として参考になるだろう。当時、タイ・バーツは1ドル25バーツから50バーツに急落した。しかし、その後、タイ政府は工業団地の整備や投資誘致政策を講じた。その結果、堅調な経済成長を継続。現在では、アジア有数の自動車製造拠点になっている。GCC諸国にとってドルペッグ制は、今やボトルネックになっている。為替レートが高止まりすることで、国内生産された非石油製品の輸出が増えないのだ。険しい道であることに違いない。だとしても、「脱石油シフト」を実現するには通らざるを得ない道と、講師としては考えている。
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August 27, 2020 at 05:25PM
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